猪口八戒

2019年。平成最後のお正月は「亥年」。日本では亥とは「猪」のことを指すが、中国では本来「豚」の意である。
子供のころ、日本テレビの「西遊記」で左とん平が猪八戒役を演じたときに、「猪八戒」なのに、なんで「豚」なんだろうと不思議に思ったものだ。

この猪八戒、僕にはドラマのイメージが強く、ドジで大喰らいのコミカルな印象だが、もともとは女癖の悪い天界の役人だったらしいが、月の都の姫さまにストーカー行為をしたために地上に落とされてしまったという。
地上では、黒豚の妖怪として暴れ回り、人を襲っては食い散らかしていたが、菩薩に出会ってからは、「八戒(八斎戒)」という仏教の戒律を守り通し、煩悩を抑え続け、天竺ではお釈迦様より「浄壇使者」という役目を任命されるという。
猪八戒が守り通した「八斎戒」は、ウィキによれば

  1. 殺さない
  2. 盗みをしない
  3. 性交を行わない
  4. 嘘をつかない
  5. 酒を飲まない
  6. 正午以降は食事をしない
  7. 歌舞音曲を見たり聞いたりせず、装飾品、化粧・香水など身を飾るものを使用しない
  8. 地面に敷いた臥具だけを用い、贅沢な寝具や座具でくつろがない

という8つの戒めである。
今の時代、こんな戒律はたとえお坊さんでも守りきれるようなものではない。
僕の勝手な解釈によれば、これを守っているという人間がいたら、そいつは絶対に信用ならん人物だと思う。
現にお酒を「般若湯」と都合よく言い換えて、酒を飲むのが今の仏教である。

キリスト教もそうだが、宗教の戒律は、本来人間にとっては苦行でありストレスを与えるものである。
そうした、極限状態の中で人間は精神が破壊され異常な感覚を身に付け、自己暗示を誘発し、誰かが都合よく作った教えに洗脳されやすくするのである。
人生とは宗教にすがりたくなるようなことの連続だが、宗教は「人として考えること」を放棄することと同義だと僕は考えている。

ちょこっと考えてみて欲しい。
本当の人生とは、天上界の偉い方たちに頼ることなくに、この地上界を美しく正しい世界にするために考えることなのではないだろうか。

考えて、想像して、創造して、伝えて、愛して、生きて、逝く。
これを捨てた人間は豚に劣るのだ。

天竺なんて目指さなくいい。
少量のお酒を御猪口に一杯飲みながら、ストレス無く生きて考えるほうが人間味がある。

2019-01-02 | Posted in ILLUSTRATIONNo Comments » 

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