東京2020大会エンブレムが溢れている頃の日本が心配なのです。

2016年4月。揉めにもめた「東京2020大会エンブレム騒動」にようやく決着がついた。
A案の組市松模様の数学的に美しいロゴマークが4年後の東京オリンピック開催まで日本中の各所で大会シンボルとして広く目にすることになるだろう。
大会関係者も一安心といったところで、これでようやく東京2020大会成功に向けて本腰を入れられることと思う。

そこでちょっと思い出して欲しい。
大会エンブレムの疑惑が発覚し、多くの国民の関心が「東京2020大会エンブレム」問題に寄せられていた2015年夏。
まるで報道の隙間を縫うように、しれっと「平和安全法制関連2法」が成立し交付された。
この法案により、存立危機事態というよく内容のわからない事態が発生した場合は、日本は戦闘に武力を持って関与できるようになったわけだ。

近年、勘違いの末に南沙諸島を自国だと言い張り、サンゴ礁を破壊する国や、南北分断後の混乱から日本企業の技術支援で先進国に仲間入りできたような国が、感謝を仇で返すような無礼を繰り返すならば、日本もいい加減堪忍袋の尾を切るよということにもつながりかねない。さらに誰が渡したかは知らないが、核兵器というおもちゃを握らされたおつむの足りないおぼっちゃまは、試してみたくてしょうがなくてウズウズしているというニュースも聞こえてくる。

正直、こんな狂人国家に囲まれている日本の未来を考えると、そら恐ろしい。

しかし、狂人相手とはいえ、こちらも狂人の仲間入りをしていいものなのだろうか?
理想論とはいえ、こちらは正気を保ったままに、なんとか友好的に解決してもらいたいと願う。
武器を持てば使いたくなるのが、人の業。
その業を捨てようとしたのが、日本の平和憲法。

さて、賢い日本のサイコの皆さんが、誤魔化しながら、適当に言い訳して、自らを正当化して通した安保法案。
東京2020大会エンブレムが、街に溢れた日本が、狂人国家の仲間入りをしてミサイルを打ち合うような国になっていないことを僕は祈っている。

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2016-04-29 | Posted in COLUMNNo Comments » 

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