JAPAN EARTHQUAKE [NAMAZU]

2016年4月14日、16日と熊本県を震度7の大地震が襲った。
熊本市内や大分県に続く阿蘇地方では甚大な被害が発生し、熊本城をはじめ美しい熊本の風景が見るも無残に破壊されてしまった。

振り返れば、21年前の1995年1月17日、阪神淡路大震災が発生した際に、テレビで中継される映像を見て、これほどの規模の大災害は僕が生きているうちには、もう2度と起こらないだろうと思っていた。
しかし、その4年10ヶ月後の2004年に新潟県中越地方を震度7の地震が襲い、そしてさらに、その5年5か月後の2011年3月11日に日本の歴史において史上最悪とも言える「東日本大震災」が発生した。
いずれも震度7を超える激震である。

あまりの凄まじい光景は、僕らの脳裏に焼きついた。
津波により、街は根こそぎ無くなり、そして尊い命が失われ、生き残った被災者には長く険しい苦難と心の傷を与えた。
自然の脅威の前に、只々呆然とするだけで、僕は無力だった。

しかし、その時にいち早く被災地に乗り込み、支援する人達がいた。
それは一つのムーブメントとなって、日本中からの救いたいという気持ちが集約し、大きな「元気」を東北の被災地にもたらした。
その元気のおすそ分けは、今も続いているが、それを引っ張った男たちの中に、「熊本の青年」がいた。
彼らは、震災直後から東北へ駆けつけ被災地支援をはじめ、熊本名物「たけあかり」のイベントを開催し、避難所の人々に癒しと感動を与えてきた。また、長引く避難生活で心が傷ついた福島の子供たちを無料で熊本に招待する「0円キャンプスクール」を実施している。このスクールは年に2回、3月と8月に開催され、今年の3月にも実施された。

何もできない僕にしてみれば、彼らの生き様はまさにヒーローに見える。
この閉塞した日本社会を、根底から変えてくれる人間がいるとしたら、彼ら以外には考えられないと思っていた。

そんな矢先の東日本大震災から5年1ヶ月後に彼らの本拠地「熊本」を地震が襲った。震度はまたもや7以上の巨大地震。それも2回。
今度もテレビから流れてくる映像は、ありえないような光景ばかり。まず最初に頭をよぎったのは彼らの安否だった。
幸い僕の心配は、すぐに安堵に変わった。

なぜならFacebookで、地震直後から彼らの活動報告が発信され始めたからだ。
そして彼らの呼びかけで多くの支援物資が続々と集まり出し、全国から熊本救済の手が差し伸べられ始めた。
熊本の復興は、まだ始まったばかりだけど、こんな風に人と人との繋がりが、癒し、支えていく。

大ナマズは、いつどこで暴れて街を壊すかはわからない。
地震は対岸の火事ではない。被災地の現状を自分のこととして考えられるかどうかが、僕たち大ナマズの背中に住まう人間の有り様だと思う。

2度あることは3度ある。偶然だというかもしれないが、平成になっておよそ5年周期で暴れる大ナマズ。
しかし、みんなの優しい気持ちが集まれば、何度でも再生できるのだと、熊本の彼らを見ていると、そう思えるのだ。

頑張れ、熊本。

©BAKAORU

2016-04-25 | Posted in ILLUSTRATIONNo Comments » 

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