どっぐふーど。

何度も言うが僕は美食家である。

だが、それは決して高価な食材で一流の料理人が作った食事が好きだという事ではない。たとえば、コンビニのおにぎりでも青空の下で食べたりするような「食する事に美しさ」を求めるのである。

食事の美しさとは、見た目ももちろんだが、食事を作った人間のもてなしの美しさでもある。たとえ、ご飯とアジの開きであっても、焼き立てを出すのとそうでないとでは美味しさに雲泥の差が出る。

食事中の会話への配慮も重要だ。

会社の不満や、人の悪口を種に会話をしようとするのは、同じテーブルを囲む人間に対して、非常に失礼で無礼な行為だと思う。

テーブルについた瞬間からベラベラと犬も食わないような不満をしゃべり出し、相手に無条件に同意するように求めてくる。下手に「まぁ、まぁ」なんて言おうものなら、逆上して食事どころではなくなるので、そういう時はできる限り無言で急いで食べるようにしている。

いくら腹が減っていても、食事中に不平不満を延々と聞いているとどんなに手がこんだ料理も台無しだ。
食欲は減退し、「もうお腹いっぱい、ごちそうさま」と早々にテーブルを立ちたくなるもの。

食事とは「人を良くする事」と書く。

 

そして料理には、作った人間の「人を良くしてあげたい」という、心の優しさが表現される。それは、家庭であろうとレストランであろうと共通の心得だ。
この基本が分かっていない料理は、残念だがまさに「犬も食わない料理」と言わざるを得ない。

いつも、目分量の適当な味だが、僕の料理が「うまかった」と言われるのはこういう事なのである。

©BAKAORU

2014-08-23 | Posted in RAKUGAKI ESSAYComments Closed 

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