DOG GOD

 

僕が犬を飼い始めたのは、娘が小学校に上がった頃だった。
それまで「猫派」で通してきた僕だったので、正直あまり飼うことに乗る気では無かったが、娘が「面倒をみるっ!」っていうのもあって、半ば渋々飼い始めた。

名前は家内が当時ハマっていた海外ドラマ「ビバリーヒルズ高校生白書」に登場するキャラクターから「ノア」と命名された。なんとも安易である。
もっとも、犬友さんたちに、名前の由来を聞かれたときには、説明するのも面倒なので、僕も家内も「創世記に出てくるノア」からとったのよと言うようにしていた。

初めのうちは見た目ののキュートさで、家族揃ってワイワイしていたが、犬を飼うのは想像以上に大変だった。
独身時代にアパートで猫を3匹ほど飼っていたが、餌だけあげてれば、奴らは、自由気ままに外を闊歩し、夜になれば勝手に布団に入っているようなものなので、飼い主としては餌だけ与えていれば、とりあえず何とか飼える。

しかし、ノアというヤツは、ともかく手がかかる。
食事の世話から、散歩にシャンプー、毎年の予防接種。人間の赤子を育てるのと同じような日課を繰り返してやらなければならない。
家族で出かける時には、ノアも一緒に連れて行かなければならないし、連れて行けないときには、高いお金を払って、ホテルに預けないとならない。

生活のリズムがノア中心のリズムになり、正直、これは面倒以外に他ならない。
いつしか、家内も娘も適当になっていく中で、いつのまにか食事の世話からシャンプーまで、ほとんど僕の日課となった。

そんな生活を13年。
もともと、人間よりは動物相手のコミュニケーションのほうが向いているので、僕の中でノアは理解者として、心の拠り所として無くてはならない存在になっていった。
一緒に飯を喰い、仕事中は傍らで仰向けに寝そべり、散歩が終われば、夕飯の支度を逐一観察し、僕が寝る前には布団を温めておいてくれる。
これが、当たり前の日常。

僕は無神論者であるが、神の存在というのは苦境にある人間の精神のひとつの拠り所として、必要なのでは無いかと考えている。

神と呼ぶものは「心」が救われれば、エホバでも、キリストでも、アラーでもブッタでも、なんだっていいのだ。
ノアは僕にとって、その存在はまさに神なのだ。

犬の神様、すなわち犬神。
今年の正月は、ノアがいない初めての正月になったわけだが、犬神として、今もノアは僕の心の支えになっている。

童話作家の木村小舟が晩年にまとめた「大語圏」の中では、空海が、猪に畑を荒らされて困っている村人のために、猪除けとして描いた「犬の絵」から犬が飛びだし「犬神」となったと説明されしている。
なんとも、ファンタージーお話しである。

出来れば僕のらくがきからも、ノアが飛び出てきて一緒に暮らせないのかと思ったりもするのだが、残念ながら、修行が足りない僕にはそこまでの神通力はないようだ。

 

2018-01-01 | Posted in ILLUSTRATIONNo Comments » 

関連記事