最近見なくなった車

僕が子供の頃は、正月になると宗派に関係なく車の鼻面に「正月飾り」をつけて走るのが当たり前だったように思うのだが、最近はそういうことをしている車もとんと見かけなくなったと感じていた。
元旦を迎え、タバコを買いに近くのローソンまで出かけた際に、ふと、気になって駐車場に停めてあった数台の車を見回したが、一台も飾っている車はない。
まぁ、5台ぐらいなら全員が喪中という偶然も万にひとつぐらいあるかもしれないと流した。

翌2日に鋸南町にある鋸山に出かけた際に、暫くドライブする機会があったので、家族で『誰が一番早く正月飾り付きの車』を見つけるか競争してみた。
前方に注意しつつ、行き交う車を目で追う。思った通り、乗用車はもちろん、事業用のトラックやバスも正月飾りを着けている車はいない。

さすがにこれだけの数の車の持ち主が、全員喪中ということは、崩御でもない限りあり得ない。
「やはり、もう、正月飾りを付ける車はいないのか・・」
と、思った矢先に花輪ICあたりで、もーちゃんが「今、いたよ!」と教えてくれた。
「えっ、どこどこ?」と探したが、既にお目当ての車は遥か後ろへ去ってしまった後だった。

その後、僕もがんばったおかげで、貝塚ICあたりまでの間で、やっと1台見つける事が出来た。付けていた車は黒のレクサスかクラウン。
もーちゃんのよると、最初に見つけた車も同じような高級車だったと言う。

現代日本の貧富の差がこういうところに表れているということもないとは思うが、高級車にだけ「正月飾り」が付いているという統計がとれたらそれはとてもユニークなデータになりそうだ。
かつて高度経済成長時に爆発的に増えたマイカー人口だが、当時の車は富の象徴であり、一家の主が家と同じように大事にしていたものだったと思う。それは、漁師が船に付ける飾りと同じように愛着を感じ、命を共にする乗り物だったのではないかと想像する。そういう道具に対する愛情表現を「神道」の伝統は日本人にとって表現しやすかったのではないだろうか。

しかし、僕も含め今の日本で「神道」の文化を代々受け継いでいる者は少なくなった。マイカーにしても、今や一家に2台3台も珍しくなくなり、ただの一生を共にするものから、日常の道具に成り果てたのかもしれない。もしかしたら受け継いでいるのは由緒正しき育ちのいい裕福層に限られているのかもしれない。

正月らしさを演出してくれた飾りは、何も車への飾りだけではない。
家の玄関に飾るしめ縄も、門松も飾る家は少なくなってきた。
僕の子供の頃は元旦や休日には玄関先に日の丸国旗さえ掲揚する事もあったが、こんな事をする家は東京では皆無に等しいだろう。

暮れにあれだけよそ様の国の風習で盛り上がるのに、日本古来の伝統文化はナリを潜めるばかりだ。
2020東京オリンピックで訪れる外国人が何を期待して日本に来るかは分からないが、ジャポニズムの文化を期待して来られると、東京ではその期待に応えることは出来ないかもしれない。

さて、正月飾りを付けた車は2台しか見つけられなかったが、萌えキャラをペイントした「痛車」は3台は見かけたので、ある意味クールジャパンとして、外国人に喜んで貰えるのかも知れない。

2017-01-10 | Posted in RAKUGAKI ESSAYNo Comments » 

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